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東京都板橋区の歴史
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所在地 板橋区板橋4-55

 江戸時代、この板橋3・4丁目、加賀一帯は加賀藩の江戸下屋敷でした。明治になると板橋3・4丁目周辺は三合商会の所有地となり「三合野原」、「三五ヶ原」と呼ばれました。その後、小樽を基盤とした船運会社板谷商船の設立者初代板谷宮吉氏が取得し、昭和4年(1929)に東京市電が板橋まで延長したのを契機に、二代目宮吉氏(貴族院議員等も歴任)が昭和10年(1935)1月、区画整理による大規模住宅地「上御代の台(かみみよのだい)」の造成に着手しました。



 当時、国は区画整理に際しては公園用地の確保を求めており、それを受け、東京市は土地の無償提供を条件に公園造成を代行する規定を設けていました。当公園はこの規定により、板谷氏の用地提供を受けて同市が施行し、昭和12年(1937)4月29日に東京市板谷公園として開園しました。なお、その際に設置された銘板が、ニか所の出入口の門柱に残っています。その後、昭和18年(1943)の都制施行により都立公園となり、昭和25年(1950)10月1日には板橋区に移管されました。



 この公園は、区内に現存する公園の中で開園時期が最も古く、また、その来歴にこの地域の歴史がよく反映されている事から、平成21年(2009)3月に区の登録文化財(史跡)となりました。
 平成21年(2009)9月  板橋区教育委員会
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