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東京都板橋区の歴史
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所在地 板橋区小茂根5-17

 茂呂遺跡
 通称”オセド山”と呼ばれるこの独立丘陵は、以前から縄文時代早期の土器破片の散布地として知られていました。
 昭和26年(1951)3月、ここを通りかかった一中学生が、この栗原新道を切通し断面の関東ローム層(赤土)中より、黒曜石製の石器と礫群の露出を見つけました。
 この発見がもとで、同年7月明治大学と武蔵野郷土館とが共同で、関東ローム層中に残された旧石器文化(先土器文化・岩宿文化とも呼ばれています)の発掘調査を行いました。その結果「茂呂型ナイフ」と呼ばれる特徴的な石器の存在が明らかになり、日本の旧石器文化研究の端緒となった岩宿遺跡(群馬県)とならび考古学研究史上特筆される成果が得られました。
 昭和44年(1969)、この丘陵の一部は都の史跡(考古)に指定され、さらに昭和60年(1985)には板橋区登録記念物に認定されました。
 平成7年(1995)2月 板橋区教育委員会







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